• 田中悠美子

わたしの世界観その後

最終更新: 4月3日

わたしの世界観シリーズは、

2018年に受講していたセミナーの課題として

書いたものです。 その時に書いた最終回には

次のような気づきが記されています。

1)

人生で起こることはすべて、

生まれる前から

自ら決めて来た。


2)

人は誰しも「光の存在」として

この世に生まれてきたのに、

親や周りの大人に言われたこと、

社会の洗脳で

ネガティブな思い込みが

潜在意識に刷り込まれて、

自己否定が強くなったり、

人間関係がうまくいかなかったり、

本来のパワーを見失って

自分らしい人生が送れなくなってしまう。

私もまさしくそれだった。


3)

人生でうまくいかなくなることは

何度も起こるもの。

上り下りは当たり前だが、

私はそのたびに天からの助けを得ながら

行動を起こして人生の方向転換をはかり、

乗り越えることができた。

なんとありがたい!


4)

行き詰って方向転換もできず

頑張りすぎてどうにもならなくなった時に、

天から「気づきなさい」という危険信号として

何かが起こる。

それが私の場合は「頸椎ねじれ症」だった。

5)

これまで音楽をやってこれたのは

まわりの多くの人やご先祖さまの

おかげだったのに、

自分の才能だけでやってこれたと勘違いして

感謝や祈りの気持ちが足りなかった。


6)

親とのしんどい関係も「頚椎症」に

かかわりがあるが、

自分と親との関係よりも前に、

自分自身の魂と向き合えていなかった。

すべては自分発振。


7)

親とのしんどい関係は、

じつは誤解の部分も大きい。

父との関係がうまくいかなかった根本には

まさに「誤解」があった。

家庭の中で女こどもにやさしい姿を見せるな!

という教育で育った家族に愛を伝えるのが下手な父と

亡くなる前にもっとコミュニケーションを

取るべきだった。

8)

母とのしんどい関係は

「許せない」という気持ちを

味わい尽くしてから、

自分が母から受けてきた

たくさんの「愛」を思い起し、

自分側の「愛」と「感謝」の波動を

高く保つよう心がけて、

最後は「許す」。

相手を許し感謝し、

そして自分をもっと大切にすることで

自分が変われば、膠着した事態が動く。

9)

自分にとっては地獄のような

人生最悪の事件が起こることで

「気づき」を得ることができ、

人生がリセットされて良い方向に転換できる。

10) 母の音楽へのあこがれ、 父方の祖父の音楽的才能、

祖先の導きによる 「音楽」という「ギフト」が

私の人生の根本にある。

11) 私の音楽人生は

ピアノ、三味線、古典芸能界、音楽研究活動、 現代音楽、ジャズフュージョン、実験音楽、 即興音楽、大学での教育活動、舞台芸術と 形を変えながら 変化し続けた。 私の人生のテーマは「変化・成長」なのだ。 12) 父方の家が代々抱えてきた「お金」の問題。 母がその影響で結婚後ずっと苦しんできたのも 「お金」の問題。 母方の祖父は苦労して一代で財産を築き上げ、 名家のお嬢様だった祖母は 65歳から質屋さんを立ち上げた猛者。 私はその「お金」というテーマに これから挑むことができるのではないか? 13) どんな道を歩もうとも

私はそもそも「人とつながる」ために この世に生まれてきている。

音楽をするのも舞台作品を創るのも

「人とつながる」こと抜きには考えられません。

芸術活動が継続できてきたのも、

世界中のたくさんの素敵なアーティストや お客さまとつながって来れたからです。

むしろ人と繋がるために

音楽をやってきたのかもしれない、、、

これまでもこれからも

音楽や舞台芸術関係の人たちとのつながりが

私の宝物であり続けることは間違いありませんが、

病気になる前のようなテンションと頻度で

三味線を人前で演奏することは

もうできないことも確かです。

だからこそ人生の軌道修正をどうするのか?

と始めたセミナージプシーでも、

たくさんの人との出会い、つながりが

生まれています。


人の心をいやし、人に貢献することで、

その対価として自分の手で収入を得てみたい!!!

たくさんの人と出会い、

かかわり、つながり、貢献したい!!!

私の人生のテーマは「変化・成長」でしたが、

そこにようやく「貢献」が加わりました。

人生の目的は「人とつながり人をいやす」。

ともかくすべてに 感謝感謝感謝!!! 「愛」と「感謝」の波動を 保ち続けたい!!!! こういう境地になれたのも、 「頸椎ねじれ症」という地獄が あったからこそ!!! ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今日は2020年3月29日。

COVID-19(コロナウィルス)の世界的流行のおかげで

東京はロックダウン寸前の状態です。

2016年秋から

頚椎症によるめまいふらつきの闘病が始まり、

12月に絶望的な病を救ってくれた五島秀一先生に出会い、

2017年5月には大石建治先生に出会い、

2018年からセミナージプシー開始。

4月に演奏復帰しながら、

あまたのセミナーに通い、

2019年にジプシー打ち止め。

結局何が残ったのかというと、、、

自分の中にもともとあった

音楽という宝物。

「今生きていることが奇跡」

という感謝の気持ち。

まだまだ発揮しきれていない

「人に貢献したい」という思い。

セミナージプシーで

さまざまなスキルは得たものの

結局それらを実際に展開する

というところまで

まだ行きついていません。

自分の人生の核である

「音楽」によって

人様に貢献していくことが

まずは第一義であることを

痛感しているものの、

その音楽ですら

コロナ騒ぎで宙に浮いています。

この2月に

日生劇場『天保十二年のシェイクスピア』

のバンドに参加するという

お仕事をいただいていましたが、

政府の感染症対策基本方針により

2月27日にて公演中止となり、

28日・29日の東京公演および

3月5日から10日まで行われる予定だった

大阪公演もキャンセルになりました。

その後の予定していたライブやイベントも

キャンセル。

音楽の場に復帰できるのはいつになるのか

先が読めない状態です。

それでもわたしは

一歩でも前に進み成長するべく、

日々「いま」を生きています。



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