わたしの世界観9~ドイツのツアーに

大学院も、

修士課程は通常2年のところ

1年延長(;^ω^)!

 

 

3年目に修士論文

「三味線音楽の旋律型分析試論

    ――初代都一中作の一中節を中心として」

を提出し、

3月、無事に修了。

 

 

学部に6年、院に3年、

計9年もモラトリアムを満喫した

夢のような学生生活も

ついに終わりを告げました。

 

 

 

その同じ月、、、、

 

 

 

国文学者、邦楽研究家として

当時の邦楽界で絶大な権力を握っていた

平野健次先生から

呼び出しを受けました。

 

 

 

 

日本・東洋を中心とした

世界の民族音楽の研究を行う

「東洋音楽学会」の学生会員のころから、

吉川英史先生・岸辺成雄先生といった

日本音楽研究の重鎮や中堅の先生方と

ご縁がありましたが、

 

平野先生も、

大学院の授業を履修して

ご縁をいただいた

先生のおひとりでした。

 

 

 

その呼び出しの内容は、、、

 

 

 

「ドイツで

文楽レクチャーデモンストレーションツアーを企画した

ベルリン大学の私の教え子がいるのだが、

出発の直前に

三味線弾きが『師匠に反対されたので、、』と

キャンセルして来て、

ツアーが潰れそうで大変困っている、

と泣きついてきたのだよ。

 

 

その師匠が”かん口令”を敷いてしまい、

文楽の中では

誰も三味線を引き受けなくなってしまったわけだ。

 

 

女流ならなんとかなるのではないかと

君を呼び出したのだが、、、

 

 

参加者全員が誰にも口外しなければ、

海外のことだし

ばれることもない。

 

 

君の師匠にも

絶対ばれないようにするから、

大丈夫だよ。」

 

 

 

当時の文楽は、

なぜか海外公演というと

ことごとく実現しないような状態だったようです。

 

 

 

平野先生は、

私より少し先輩の女流の三味線弾きさん(現在は廃業)を、

文楽の三味線弾きの師匠に

入門させた

縁故がありました。

 

 

 

もしその人に声をかけたら

師匠と大ごとになってしまうため、

何かあっても

なんとかなりそうな(;^ω^)

私に

声をかけたということだったのかもしれません

(*_*;

 

 

 

なんでもやりたがりの私は、

「わーいドイツだ~文楽のお人形と共演できる~!」

とすっかりその言葉に乗せられてしまい、

数日後には、ドイツへ向かう機上の人となったのでした

(;^ω^)

 

 

ドイツ公演は

本当に楽しかった~(●^o^●)!!

大好きだった文楽人形と共演できたし、

お客さまは大喜びしてくれたし、

ケルンやデュッセルドルフ、フランクフルト、ベルリンなど

ドイツの街々を観光できたし、

若手の人形遣いさんたちとも仲良くなれたし、、、、

 

 

 

 

 

 

しかーし

 

 

帰国後に起こったことは

 

 

、、、、、、

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

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